ローカル10,000プロジェクトの先行事例に学ぶ「飛騨高山舞地美恵」編

地域の眠れる資源をビジネスの力で輝かせ、持続可能なまちづくりを官民金が一体となって後押しする総務省の「ローカル10,000プロジェクト(地域経済循環創造事業交付金)」。地方での起業や新規事業の強力なエンジンとして、各地の起業家から大きな期待が寄せられています。
本記事で取り上げるのは、2024年4月に設立され、同年11月にジビエ処理加工施設をオープンした岐阜県高山市の株式会社飛騨高山舞地美恵(まいじびえ)です。山に埋められることが多かった野生鳥獣の命を、徹底した安全管理のもとで極上の食肉やペット用おやつへ再生する取り組みを進めています。さらに、高山に移住してきた一人の猟師がプロとして自立していく道を支える、独自の「1日4時間勤務」という雇用モデルも導入。これらの取り組みの背景には、元高山市職員である田中恵美社長が一歩ずつ積み上げた緻密な事業設計がありました。

「命を無駄にしたくない」という葛藤が原点
標高3,000メートル級の乗鞍岳や御嶽山を望む、豊かな山々に囲まれた岐阜県高山市朝日町。この大自然は美しく豊かな恵みをもたらす一方で、農林業における深刻な鳥獣被害という課題も抱えています。
「地域の暮らしを守るため、心を痛めながら捕獲した動物たちが、特に脂の乗らない夏場などは、そのまま山に埋めて処分されていく。そんな現実を目の当たりにし、ずっと大きな葛藤を抱えていました」
そう振り返る田中社長にとって、鳥獣被害は決して遠い世界の出来事ではありませんでした。亡くなった祖母が大切に育てていたカボチャなどの野菜が、イノシシに無残に食べられてしまった光景を間近に見ていたからです。
転機が訪れたのは10年近く前、子育てがひと段落したころだといいます。「やりたいと思うことは、やってみるべきだ」という思いを強くするようになり、鳥獣被害という地域課題と向き合うべく、一念発起して罠猟と第一種銃猟の免許を取得したのです。
のちに、市の鳥獣被害対策を担う部署へ異動したこともあり、「命を無駄にしない場所を作りたい」という起業への思いが、決意へと変わっていきました。
信金の担当者も唸った緻密な計算
起業にあたり、大きな難関となるのは資金調達です。舞地美恵では、JAの遊休施設を借り受けて内装を衛生基準に合致するようリノベーションする計画を立てました。総額8,000万円近い初期投資が必要だったと言います。
実は当初、ローカル10,000プロジェクトとは別の補助金の活用を検討していましたが、費用対効果の要件をクリアすることが難しいことがわかりました。そんなとき、市役所の担当部署の職員からアドバイスされたのが「ローカル10,000プロジェクト」でした。精査したところ、ローカル10,000プロジェクトの方が、受け取れる交付額が数百万円多くなることが分かりました。「これから起業し、何千万円ものお金を返済していく身にとって、この数百万円の差はとても大きかった」と、田中社長は振り返ります。
活用する制度を変更したことが、結果的に初期投資の返済負担を大きく減らし、事業の持続可能性を後押しすることになりました。
公募要領をぼろぼろになるまで読み込み、事業のロジックを組み立てていった田中社長。計画書作成と、資金計画や収支計画を同時に進めていきました。ローカル10,000プロジェクトでは、交付金を受ける条件として、金融機関から交付金と同額以上の融資を受ける必要があるのです。
高山信用金庫と日本政策金融公庫からの協調融資を実現するにあたっては、金融機関の担当者から得た「どんぶり勘定の計画では、(金融機関の)審査に通りません」という率直なアドバイスが生きたといいます。
さらに、準備を進める中で役立ったのが、市職員時代に培った経費積算スキルでした。初期投資、日々の電気代、動物の残渣(骨など)の処分費、食肉の自主検査費用、下水清掃費用、従業員にかかる社会保険料…。山へ車で動物を回収に行くためのガソリン代は、1ヶ月の予想走行距離と1リッターあたりの単価から、1円単位で細かく経費を弾き出す徹底ぶりでした。
収入面でも「1頭から何キロの肉が取れ、年間何頭仕入れて、部位ごとに何円で売るか」という見通しを開業後5年分作り込みました。この緻密な計画を見た信用金庫の担当者が、「ここまで細かく作られている方は珍しい」と唸ったほどです。
金融・行政の迅速な実務対応
株式会社飛騨高山舞地美恵の設立は令和6年4月1日。この前後には、金融機関と高山市によるバックアップもありました。
ローカル10,000プロジェクトの場合、事業者は申請までに金融機関から融資の了解を得ておく必要がありますが、これは同年3月中に終えました。「公務員在職中は、私が直接関与することはできません。だからこそ、信用金庫さんが地域課題の重みを汲み、制度の要件を確認しながら、金融機関側の手続きを進めてくださいました」と田中社長は振り返ります。
会社設立後は、市から国へ計画書提出、市議会への予算上程、そして国からの交付金交付決定と進んだのち、7月に工事着工、11月開業と駆け抜けました。田中社長は「会社設立後は、市役所の皆さんも、地域の課題解決に取り組むため、迅速な事務手続きでバトンを繋いでくれました」と感謝を口にします。
ローカル10,000プロジェクトが掲げる理念でもある「地方公共団体、地域の金融機関等との連携を通じて、地域の資源と資金を活用した地域密着型の事業」を推進するという理念が、事業者、行政、金融機関の協力によって結実したのです。

地域の猟師が猟師であり続けるために
舞地美恵の大きな特徴は、「朝10時〜15時(お昼休憩を挟む実働4時間)勤務・副業OK」という新しい雇用モデルです。現在は、愛媛県から高山市へ移住してプロの猟師となった方が、この新しい働き方の実践者として加わり、解体や精肉加工、広報活動などの業務で活躍しています。
田中社長がこの労働の仕組みを導入した背景には、公務員時代に地域の若手猟師たちから聞いた次のような切実な声がありました。「フルタイム勤務だと、特に日の短い秋冬は夕方の退勤後は真っ暗で罠の見回りができない。朝も(一般的な)出勤前は暗くて危険だ。毎日の見回りが絶対に欠かせない以上、秋冬は罠を仕掛けることを諦めるしかない」。
そこで田中社長は、10時〜15時を勤務時間としました。朝10時までと15時以降は、一人の独立したプロの猟師として罠を見回る活動に充てられるよう、切り分けたのです。
若手猟師が会社員として働きながら、明るい時間帯に罠の見回りなどプロハンターとしての技術を磨き、稼ぐこともできる。舞地美恵の取り組みは、地域社会に不可欠な鳥獣捕獲技術の伝承や担い手育成という公益性の実現に繋がっています。
同社は、ベテラン猟師の負担軽減を目指して「仕留めた鳥獣の全量引き取り体制」も進めています。田中社長によると、猟師をやめる方が挙げる大きな理由の一つが、罠にかかった重い獲物を山に埋めて処分する作業の過酷さです。体力的にも精神的にも負担が大きく、猟師を続けたくても続けられなくなるほどの重荷になっているといいます。「高齢の猟師さんは、(現場で)罠の設置や止め刺しはできても、埋めるのが体力的に厳しいのです。それなら、うちが引き取ればいい。重労働がなくなれば、高齢の猟師さんたちも安心して活動を続けられます」。
JFS-B規格取得と丁寧な手作業で、安全とおいしさを確保
農林水産省が公表した資料「捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況(2026年7月版)↗」によると、2024年のジビエ処理加工施設の数は826です。2016年の563施設から増加傾向が続いています。
ジビエ業界の中では後発組となる舞地美恵。他社との差別化を図り、事業の持続可能性を高めるため、田中社長は当初から、一般財団法人 食品安全マネジメント協会が認証するローカルレベルではない安全基準である「JFS-B」規格の取得を視野に入れ、設備投資を設計しました。
「後から設備を改修するのは大変ですので、最初から高い基準をクリアできるよう設備を整えました。高い安心品質を保証することが、結果的にお客様への一番の説得力になります」と田中社長は語ります。
舞地美恵のジビエは「臭みがなく、驚くほど柔らかい」と高い評価を得ています。その秘密は、野生の命を肉牛と同等のクオリティへ昇華させる鮮度管理と丁寧な職人技にあります。
捕獲後の体温継続による肉質低下を防ぐため、山からの移送時間を1時間半以内にとどめ、処理の理想とされる捕獲後2時間以内に内臓摘出までを完了させます。さらに、肉牛同様の「背割り(背骨に沿って肉を真っ二つに開く作業)」により、臭みや酸化の原因となる骨髄を一本ずつ手作業で取り除きます。
1頭ごとに異なる肉質を見極めて切り分けた肉は、急速冷凍機で一気に凍結させて旨味の流出をガード。これらの作業の積み重ねが、ジビエの安心と美味しさを支えています。

命を1グラムも無駄にしない、ペットフードへの取り組み
肉を加工する過程で、どうしても規格外の肉(色や形の悪い部位)が発生してしまいます。田中社長には、せっかくいただいた命を、1グラムも無駄にせず最後まで活かしきりたいという思いがありました。そこで取り組んだのが、犬用の無添加シカ肉ジャーキーや、地元の川の恵みであるブランド鮎「美峰鮎(びほうあゆ)」を使用したアユジャーキーなどのペットフード事業です。
同社では、人間用の食肉処理スペースとは完全に切り離したペットフード専用の加工室を設けています。これは、犬や猫にとっては微量でも命に関わる危険性がある人間用食材(ネギなど)が混入するリスクをゼロにするための選択でした。
専用の加工室では、手作業でスライスした肉を一枚ずつ網の上へ広げて乾燥させていきます。ペット用であっても一切妥協しない姿勢が、手仕事の一つひとつに息づいています。 命を無駄にしないこれらの取り組みは、ローカル10,000プロジェクトの要件である「地域課題への対応」はもちろん、鳥獣被害や廃棄に悩む全国の他地域を照らす先駆的なモデル(モデル性)としての役割も体現しています。

地域経済の循環を、未来の飛騨高山へつなぐ
「命を1グラムも無駄にしない」という取り組みは、舞地美恵が掲げる最大のテーマである「地域経済の循環」に直結しています。この言葉は、一見難しく聞こえますが、田中社長が語るその本質はシンプルで温かいものです。
「今までは山に埋めることが多かった命を、最高に美味しいお肉やペット用おやつに蘇らせて全国に届ける。そうして全国からいただいた温かい対価を、地域の猟師さんに支払う買取金や、若い社員の給料として高山の地にしっかり還元していく。そうすることで、みんなで一緒に豊かになっていくことができると思うのです」 地域課題の解決に賭けた熱意が、飛騨高山の未来を灯す、持続可能なエコシステムを確かに創り出しています。
株式会社飛騨高山舞地美恵
| 法人名 | 株式会社飛騨高山舞地美恵 |
|---|---|
| 代表 | 田中恵美 |
| 加工所の住所 | 〒509-3325 岐阜県高山市朝日町万石124番地5 |
| 連絡先 | 090-1416-6275 |
| 公式サイト | https://hidatakayamamaigibier.my.canva.site/ |
| https://www.instagram.com/my_mai_gibier/ | |
| LINE |
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ジビエの注文や問い合わせは電話、InstagramのDMやLINEで受け付けています。また、高山市のふるさと納税の返礼品として選ぶこともでき、多様なチャネルを通じてお届けしています。 ◆ペットフード Instagram: https://www.instagram.com/petfood_mai_gibier/ オンラインショップ: https://petmaijibier.base.shop/ |
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ローカル10,000プロジェクトとは
事業者や地方自治体、金融機関などの連携により、地域の資源と資金を活用して地域に雇用を生み出す地域密着型事業の立ち上げを支援する総務省の補助事業(補助金)です。事業が採択されるためには、以下の5つの要件を全て満たす必要があります。
- 地域密着型:地域の資源を活用する事業であること
- 地域課題への対応:公共的な課題の解決につながる事業であること
- 地域金融機関等による融資:公費による交付額と同額以上の融資(原則として無担保)を受けること
- 新規性:事業者にとって新規事業の立ち上げであること
- モデル性:地域の中で前例がなく、モデルとなる事業であること
資金構成としては、公費(国費+地方費)、地域金融機関による融資、自己資金を組み合わせます。支援対象となるのは、民間事業者の初期投資費用(施設整備費、機械装置費、備品費など)です。
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