
中小企業庁は、2026年版中小企業白書・小規模企業白書を公表しました。「労働供給制約社会」といった深刻な人手不足や、物価高といった厳しい環境へ警鐘を鳴らすとともに、「現状維持は最大のリスク」という非常に強いメッセージを打ち出したのが特徴です。
中小企業の経営者や従業員の皆さんは、毎日の業務に追われる中で、「人手不足が深刻になっている」「コストばかり上がって利益が出ない」と感じることは、多かれ少なかれ、あるのではないでしょうか。本記事では、2026年版中小企業白書・小規模企業白書の主要課題やキーワードを読み解きながら、中小企業が日々抱えているであろう課題に対する解決策・処方箋となりうる事例をご紹介します。さらに、今日からすぐ実行できる具体的なアクションや、「稼ぐ力」の土台となる自社の経営リテラシーに関するチェックリストも併せてお届けします。
中小企業白書・小規模企業白書
政府が中小企業・小規模事業者の直近の動向や、実施した支援施策などをまとめ、毎年、国会に提出する法定の年次報告書(閣議決定事項)です。
■中小企業白書:中小企業基本法に基づく報告書。2026年版で63回目となります。
■小規模企業白書:小規模企業振興基本法に基づく報告書。2026年版で12回目となります。
白書には、最新の経済動向や他社の成功事例、課題解決のヒントが豊富に掲載されているため、多くの中小企業経営者や支援機関が、自社の経営戦略を練るための処方箋やガイドブックとして実務に活用しています。
労働供給制約社会
単に「自社だけが採用できない」という話ではなく、日本社会全体で働き手(労働供給)の絶対数が不足していく状態のことです。リクルートワークス研究所が提唱した概念とされ、同研究所は、このままでは医療、物流、小売などあらゆる産業で深刻な人手不足が常態化し、今のビジネスモデルやモノ・サービスの供給力そのものが維持できなくなると警鐘を鳴らしています。同研究所研究員へのインタビュー記事を、ぜひご参照ください。
第1章:現状維持というリスク‐求められる事業構造・組織構造の再構築
2026年版白書が言う「現状維持は最大のリスク」とは、物価高や人手不足など経営環境が大きく変わる転換期において、これまで通りのやり方を続けることへの強い警告です。白書では、日本の人口減少に伴う「労働供給制約社会」の到来により、中小企業の雇用者数は2040年には2018年比で8割半ばまで落ち込む(減少する)可能性があると示されています。これは一時的な人手不足ではなく、社会全体で働く人が減っていく構造的な変化です。コスト高や深刻な人手不足が続く中、短期的なやり繰りにとどまらず、中長期的な視点で事業構造・組織構造を再構築し「稼ぐ力」を高め、強い会社へと変化していくことが求められています。
次章からは、この危機を乗り越え、「稼ぐ力」を高めるための具体的なヒントと、他社の成功事例を見ていきましょう。

第2章:人手不足‐今いる人材を辞めさせない組織づくり
2.1 データが示す処方箋:必要な人材像の明確化と環境整備
白書は、労働供給制約社会の到来に警鐘を鳴らしています。働く人自体が減る構造変化の中では、求人を出せば人が来るという前提を変えなければなりません。白書のデータからは、人材を確保し定着させるための2つの重要なアプローチが見えてきます。

1つは採用時のミスマッチ防止です。求める人材像を明確化できている企業ほど、定着率が高い傾向が示されています。もう1つは入社後の環境整備です。実際に定着率が高い企業は、休暇の取得推進や柔軟な働き方の導入など、働きやすい職場づくりに力を入れていることが分かります。
2.2 お手本事例:働きやすい職場づくりで定着率アップ!
白書では、課題に取り組んだ結果、一定の成果を上げた企業の事例が掲載されていますので、ご紹介します。
- 株式会社たまゆら(介護事業):子育て世代が働きやすい職場づくりを推進し、事業所内に低廉な料金で利用できる託児所や、休日学童保育を開設しました。さらに全室への見守りカメラ導入などの省力化投資を実施し、夜勤の負担を軽減。その結果、離職率が36.7%(2005年)から11.4%(2025年)にまで低下し、近年は出産・育児を理由とする退職ゼロという成果を上げているそうです。
- 株式会社清風荘(宿泊業):旅館業特有の時間拘束の環境を見直しました。以前は朝の勤務後に5時間もの「中抜け休憩」を挟んで夕方から再出勤する負担の大きいシフトでした。そこで、日中の空き時間に外注していた清掃業務をあえて内製化し、従業員がフロントや清掃を兼務する「多能工化」を実施しました。これにより、早朝から昼まで連続して働き、午後は帰宅するといったシフトが組めるようになり、従業員の拘束時間の大幅な短縮に成功。多能工化に伴う新たな負担に対しては、動画マニュアルの整備や自動清掃ロボットの導入でカバーしています。結果として離職者を出さず、大胆な賃上げと人材確保を実現したといいます。
2.3 制度改革へつながる小さなアクション
紹介した事例のように、人材に定着してもらうためには、働きやすい環境づくりが欠かせません。いきなり大きな制度改革をするのは難しくても、その第一歩は「自社がどんな人材を求めているのか」を分かりやすく言語化することと、「今の労働環境がどうなっているのか」を正確に把握することにあります。まずは以下の小さな一歩から始めてみましょう。
すぐ実行できる3つのアクション
- 自社が今、本当に必要としている人材像を言語化し、採用のミスマッチを防ぎます。
- 求職者が、入社後の実際の業務をイメージできるように、求人票の仕事内容をなるべく具体化します。
- 従業員の有給取得率と残業時間を1回棚卸ししてみて、現状の労働環境を正確に把握したうえで、職場改善に生かします。
第3章:利益が残らない構造‐付加価値を高めるための原価管理と価格転嫁
3.1 データが示す処方箋:価格転嫁は適切な原価管理あってこそ
長く続いたデフレ環境から、物価と賃金が上昇する金利のある世界へと日本経済は歴史的な転換点を迎えています。コスト増が避けられない中、白書は「稼ぐ力」の源泉として付加価値額の増加を強く求めています。
付加価値額とは、単なる売上ではありません。売上高から、他社から購入した原材料費や仕入代などを差し引いた、企業が自らの事業で新たに生み出した価値の大きさであり、従業員への給与や会社の利益の原資となります。
この付加価値額を高めていく上で、全社の売上高だけをざっくりと見る「どんぶり勘定」ではいけません。なぜなら、製品ごとにどれだけのコストがかかっているか(本当の原価)が分からないと、仕入高騰分を適切に価格転嫁(値上げ)することができず、売上はあっても手元に十分な付加価値が残らない状況に陥るからです。白書のデータでも、「原価を製品単位で詳細に把握している企業ほど、価格転嫁に成功している」と明確に指摘されており、赤字製品を見極める精緻な原価管理が不可欠です。

3.2 お手本事例:社内塾と自社アプリで利益体質へ
- 松本興産株式会社(金属加工):急成長の裏で低採算の製品を抱えていた同社は、経営陣自ら「風船会計」と名付けた手作りの社内塾を開講し、従業員に利益重視の意識を浸透させました。さらに自社アプリで業務をデジタル化し、検品業務で1,500時間の工数削減に成功。従業員が自発的に経営視点を持つようになり、社内に協力し合う文化が生まれたことで、従業員自らの問題意識から生まれた自社開発アプリは70種類に及んでいます。
すぐ実行できる3つのアクション
- 自社の主力製品やサービスの本当の原価を再計算してみて、知らず知らずのうちに利益を圧迫している赤字製品がないか確認します。
- 直近の原材料費やエネルギー費などの仕入価格の高騰分をリストアップし、価格転嫁(値上げ)が必要なコストを可視化します。
- 営業担当者の勘や経験に頼っていた見積りを、根拠ある原価積み上げ方式のルールに統一し、赤字受注を未然に防ぎます。
第4章:属人化と非効率の壁‐AXで人に頼らない仕組みづくり
4.1 データが示す処方箋:定型業務を節減して付加価値創造に集中
白書は、深刻な人手不足を乗り越え、労働投入量の最適化を実現して大企業を一気に追い抜く逆転の切り札として、AX(AIトランスフォーメーション)を提唱しています。AI活用が進まない理由のトップは「活用する業務がイメージできていない」ことですが、AIを導入している企業の8割以上は「業務時間の節減」を目的に活用しています。
実は、組織階層が少なく意思決定が早い中小企業は、不足しがちな事務作業をAIでピンポイントに補完し、経営トップの判断で即座に実行に移せるため、AIと非常に相性が良い組織構造をしているとされます。中小企業は、中小企業ならではの身軽さをいかして、AIを優秀な事務スタッフとして活用し、定型業務の時間を削減する。その分、人間は現場での付加価値創造に集中できる。これが白書の言う「労働投入量の最適化」です。
AIトランスフォーメーション
AIを中核に据えた企業変革のことです。単なる業務の自動化にとどまらず、AIを活用して顧客ニーズに応える新たな製品・サービスやビジネスモデルを生み出したり、組織のプロセスや企業文化そのものを変革したりして、競争上の優位性を確立する取り組みを指します。たとえば、これまで人が数時間かけていた見積り作成や議事録作成をAIが数十秒で自動化し、空いた時間で人間がより付加価値の高い新しい事業に挑戦するといったことがAXの第一歩です。
4.2 お手本事例:AI活用で労働時間削減や業務平準化を実現
- 岡田研磨株式会社(金属製品製造業): 図面などの膨大な情報が紙やExcelで属人化していた課題に対し、AIとの対話を通じて自社独自の情報統合管理システムを開発したことで月5,000~6,000枚分のペーパーレス化を実現。紙資料の管理工数が削減できたため、月530時間程度の労働時間削減に成功しました。さらに手順書管理システムも開発し、従業員が自由に手順書を作成できるようにしました。システムを内製したことでコスト削減効果は大きく、また、従業員の多能工化や業務の平準化にもつながりました。
すぐ実行できる3つのアクション
- 社内で、専従でなくともよいのでAI担当者を1名決定し、まずは現場でAIに触れて慣れるための環境を整えます。
- 会議の議事録作成や長文の要約など、身近な定型業務の1つにAIを導入し、業務時間の節減効果を体感してみます。
- 現場の従業員から、AIに任せたい面倒な業務や改善のアイデアを募集し、社内全体で業務効率化を推進する機運を高めます。
第5章:脆弱な経営基盤‐経営リテラシーを鍛える
5.1 経営リテラシーは稼ぐ力の土台
特に小規模企業白書においては、企業の「稼ぐ力」を支える土台として経営リテラシーの強化・実践を非常に重要視しています。経営リテラシーとは、経営者が持つべき基本的知識のことであり、大きく「財務・会計」「組織・人材」「運営管理」「経営戦略」の4つの分野に分けられます。
なぜこれらが重要なのでしょうか。白書の分析によると、経営リテラシーを有する企業ほど、以下のように業績の向上や人材確保において明確な違い(成果)を生み出していることがデータで裏付けられているからです。
■財務・会計:原価を詳細に把握している企業ほど、コスト上昇分を適切に価格転嫁できている。
■組織・人材:柔軟な働き方などで組織活性化に取り組む企業ほど、人材採用に成功している。
■運営管理:品質管理を徹底している企業ほど、顧客数や営業利益率が向上している。

■経営戦略:経営計画の策定・運用やマーケティングに取り組む企業ほど、売上高を伸ばしている。
5.2 経営リテラシー到達度チェック
自社の経営状況を正確に把握し、本質的な課題を見極めることが、すべての改善の第一歩となります。
この白書で定義されている「経営リテラシー」に基づく簡単なチェックリストを用意しました。以下の8項目についてチェックし、未達と感じる項目については「5.3 とるべき行動の優先順位」に従い、改善をすすめてみてください。
財務・会計のチェック
- 製品・商品・サービスごとの原価を正確に把握していますか?
- 資金繰り計画を定期的に作成・見直していますか?
組織・人材のチェック
- 従業員の労働時間や有給取得状況を適切に管理できていますか?
- 柔軟な働き方の導入など、従業員の働きがいを高める工夫をしていますか?
運営管理のチェック
- 製品やサービスの出荷・提供前に、チェック項目に基づいた品質管理を行っていますか?
- 特定の社員しかできない業務(属人化)を減らすため、マニュアルやノウハウの共有ができていますか?
経営戦略のチェック
- 自社の将来に向けた経営計画を策定し、定期的に進捗を確認・見直しをしていますか?
- 競合他社との違い(強み)や、顧客のニーズを分析し、販売戦略に活かしていますか?
5.3 とるべき行動の優先順位
すべてを自社だけで抱え込む必要はありません。現状維持から抜け出すため、専門家や支援機関の伴走支援を活用しながら、以下を参考に行動してみましょう。
1.「ローカルベンチマーク(ロカベン)」でより深い現状把握をする
ロカベンは、経済産業省が提供する「企業の健康診断ツール」です。自社の経営の現状把握や経営分析に活用できます。

2.身近な支援機関(商工会、よろず支援拠点等)に相談する
小規模企業白書でも、経営資源が限られる事業者が経営リテラシーを高めるには、支援機関のサポートを活用することが重要だと分析されています。よろず支援拠点は、国が各都道府県に設置している無料の経営相談所です。一人で悩まず専門家と対話を重ねることで、本質的な課題を見極めることができます。
3.中小企業省力化投資補助金やデジタル化・AI導入補助金などを活用し、投資のハードルを下げる
中小企業庁のウェブサイトで最新の補助金情報をチェックしましょう。
第6章:変化に挑戦し強い中小企業へ
2026年版白書が伝える「現状維持は最大のリスク」という警告は、裏を返せば「変化に挑戦すれば、まだまだ成長できるチャンスがある」という中小企業への力強いエールでもあります。短期的な損益だけにとらわれず、中長期的な視点で事業を見直すことで「稼ぐ力」を高め、より一層、強い中小企業へと成長することができるはずです。
人手不足やコスト高といった厳しい環境は続きますが、今回ご紹介した事例のように、まずは身近な業務の棚卸しや、支援機関への相談といった「今日からできる一歩」を踏み出してみてください。
▼ BizRizeでは、無料相談を行っております! ▼

BizRize事務局
ヒト・モノ・カネに関する経営資源を、効率よく活用できるプラットフォーム「BizRize」を運営。毎週木曜に経営者向けの勉強会を開催し、補助金や資金調達に役立つ情報を無料メルマガで配信中!



