
かつて企業経営の最優先事項といえば顧客獲得でしたが、生産年齢人口が激減する「労働供給制約社会」が現実となった今、最大の脅威は「人手不足による事業存続の危機」へと変化しています。賃上げだけでは人が集まらない時代、従来の常識にとらわれない組織の再設計が急務です。
経済・産業界のキーパーソンに次なる一手を聞く「インタビュー2026 飛躍への道標」第5回では、リクルートワークス研究所の坂本貴志・研究員 / アナリストをお迎えしました。労働市場の構造変化に精通し、ベストセラー「ほんとうの日本経済」「ほんとうの定年後」(いずれも講談社)の著者としても知られる同氏に、最新の調査を踏まえた、これからの経営戦略をうかがいました。従業員優先の経営へのパラダイムシフトをはじめ、事業の思い切った取捨選択や、機械化に振り切った生産性の引き上げなど、かつてない人手不足の荒波を企業進化の契機へと変革するための実践的なアプローチに迫ります。
労働供給制約社会
従来の人手不足が「他社に人が流れて自社で採用できない」という企業視点の問題だったのに対し、少子高齢化により「日本社会全体で根本的に働き手が足りなくなる」状態を指す言葉です。人気企業であっても大企業であっても必要な人材を確保することが難しく、従来の人手に依存したビジネスモデルのままでは社会が成り立たなくなる危機的な状況を示しています。

(本記事で使用している写真の出典はいずれも、リクルートワークス研究所のウェブサイトに掲載されているレポート等です)
リクルートワークス研究所 ( https://www.works-i.com/ ):リクルートグループの株式会社インディードリクルートパートナーズに属する研究機関です。1999年の設立以来、「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」をミッションに掲げ、日本の労働市場や働き方の実態に関する調査・研究を継続的に実施しています。
「全国就業実態パネル調査」や「大卒求人倍率調査」などの大規模な基幹調査に基づく精緻なデータ分析や、半歩先の社会課題を捉えた独自のレポート、機関誌「Works」の発信などで知られています。
なかでも、2023年3月に公表されたレポート「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」は、少子高齢化によって2040年に1100万人の労働力が不足し、人々の生活を支える不可欠なサービスが維持できなくなるという危機的な予測と、その解決策を提示し、社会全体に大きな反響を呼びました。

同研究所は現在も、深刻な人手不足を乗り越えるための中小企業の人材戦略など、経営課題に直結する実践的な研究を精力的に展開しています。
中小企業の人材戦略に関する新レポートを公表
――労働供給制約社会を迎えるにあたり、経営者はこれまでの経営の常識をどのように見直し、転換していくべきでしょうか。組織を再設計する上での留意点をお聞かせください。
先日(令和8年3月26日、同31日)、令和7年度の研究成果として、「人手不足を乗り越えるための中小企業の人材戦略」に関し、レポートを3本、公表しました。これらは、50社ほどの経営者へのヒアリングをもとにまとめたもので、一つ目が抜本的な待遇改善を前提とした採用・定着マニュアル、二つ目が業務改革マニュアル、三つ目が廃業・事業譲渡のレポートとなっています。本日は、これらの研究成果も踏まえながらお話ししたいと思います。
経営の常識として考え直すべき最大のポイントは、顧客と従業員の優先順位です。過去の企業経営においては、どうやって受注を取るか、どう商品・サービスを売るかといった顧客との接点を優先し、そこに注力してきました。
しかし、人手不足がこれほど深刻になっている現在においては、顧客の側ではなく、むしろ従業員の採用と定着に焦点を絞った経営を行うことが重要になっています。もちろん顧客も大事ですが、より従業員のほうに重きを置き、「いかに気持ちよく働いてもらうか、定着してもらうか」を優先して事業構造を組み立てる。そのことが、結果として企業の利益につながると考えています。



人手不足下では、より利益が出る事業領域に集中を
――人手不足で人員を増やせない中、省力化や生産性向上の観点から、企業はまず「何をやめるべきか」についてどのようにお考えですか。
事業そのものからデザインし直す必要があります。複数の事業領域があるなら、「どの事業領域を残して、どこをやめるか」という決断をしなければなりません。
例えば私がヒアリングをした宿泊業界の経営者の中には、宴会やツアー客など、大量の人手が必要で比較的低単価な事業はもうやめることにした、とおっしゃるケースがかなりありました。その一方で、価格をしっかりと払っていただける個人客の事業領域に従業員を重点的に配置しています。売上よりも、より利益が出る事業領域に集中していくことが、限られた人員で利益を出すためには必要になってきます。
――人員確保が難しい将来を見据え、事業の取捨選択をきっちり行っていくということですね。
そうです。これまでの労働市場に日々多くの人が供給されている局面においては、たくさんの事業に従業員を配置するやり方でよかったのですが、今後はできないところは手放していく決断が必要です。 再び宿泊業界の事例で言えば、利益が出にくい平日は思い切って休館日にしてしまう企業もかなりありました。その代わり、利益の出る土日などにしっかりと従業員に働いていただき利益を出す。そうした中で従業員の働きやすさや、少数精鋭の人員構成を実現しています。付加価値の高い経営へとシフトしていくことが、今後の経営戦略として非常に重要になります。
女性、シニア、短時間労働希望者…多様な人材の争奪戦
――組織の多様性や柔軟な働き方が、特に若い人材に選ばれる傾向があります。これが採用競争力に直結している理由と、選ばれる組織になるためのヒントをお聞かせください。
これまでのように「フルタイムで働き、残業もしっかりして、仕事もいくらでもやってくれる」という従業員は、経営にとっては扱いやすい存在でしたが、今はもうそうした人材は採れません。過去のやり方のまま、モチベーション高く残業までしてくれる若手だけを採用しようとしても、大企業でさえ苦戦しているのが現状です。
労働力人口の中で、女性やシニアの比率は非常に高まっています。「より短時間で働きたい」という女性やシニアの方、あるいは「リモートワークをしたい」という若手などへ採用の範囲を広げていかないと、採用競争に競り負けてしまいます(※)。あらゆる手段を使って多様な人材を確保していかなければいけない時代なのです。
※若者の価値観の変化:インディードリクルートパートナーズ リサーチセンターの新卒採用や就職市場の研究部門(https://shushokumirai.recruit.co.jp/)の知見によると、コロナ禍以降の若手人材の価値観として、自身のキャリアにおける「不確実性をなるべく極小化したい」という傾向が強まっているそうです。「不確実性」とは、従来の日本企業に一般的な「総合職採用(メンバーシップ型採用)」に伴う不安を指しています。具体的には、入社するまで配属先や業務内容が分からない(いわゆる「配属ガチャ」)ことや、全国転勤の有無などです。
現在の若者の中には、入社前に自身の勤務地や配属部署、担当業務を明確に知ることを求める人も多いため、企業側も人材獲得の手段として、従来の総合職採用だけでなく、職種別採用や勤務地別採用といった「ジョブ型」に近い採用形式を取り入れるケースが増加しているそうです。

賃上げは必須、労働環境整備も不可避
――賃上げ競争が続く中、給与を上げても離職が止まらないという声も聞かれます。賃金以外の部分で、企業は従業員にどのような制度や環境を提供すべきでしょうか。
大前提として、賃金を抜本的に引き上げることは避けられません。給料を上げても離職が止まらないというのであれば、賃金の引上げ幅が競合他所と比べて十分かどうか検証が必要でしょう。
「賃金以外の部分を頑張れば、賃金を上げなくて済む」というわけではないですが、その上で、働きやすい環境をしっかり作っていくことはポイントになります。例えば、私がヒアリングをした年間休日を137日に増やした中小企業は、それだけで求人票が目立ち応募が集まっていました。あるいは、3時間や6時間といった時短勤務を全面的に取り入れた保育業界の企業は、賃金水準が最高クラスでなくても人材確保に苦労していません。自動車整備士の方が働く整備工場を冷暖房完備にして、夏の暑さや冬の寒さの中での作業をなくすといった環境改善も大きな差になります。
――労働環境の整備に加えて、他に定着に有効な取り組みはありますか。
日々のコミュニケーションも非常に重要です。例えば、社長自らが定期的に1on1を実施したり、従業員同士でサンクスカードを渡し合ったりする取り組みです。一見すると若い人には興味を持たれないように思えるかもしれませんが、日々のコミュニケーションを大切にしている企業は、やはり定着率やエンゲージメントが高い傾向があります。
評価・報酬体系の整備は不可欠
――これまでの「正社員一本足打法」から転換し、シニアや多様な人材を組み合わせる「人的ポートフォリオ型経営」を進めるにあたり、中小企業はマネジメントや評価制度においてどのような点に留意すべきでしょうか。
採用コストが右肩上がりで高騰していく中、従業員の定着に力を入れるべきであるということは先述した通りですが、定着の大きな柱となるのがシニアの活用です。定年延長や、65歳、70歳を超えても働ける継続雇用を通じて定着を図ることは、採用コストが断続的に上昇する中、コスト的にも優位になる可能性があります。また、出産や育児で離脱した女性社員のリテンション(人材流出を防ぐための施策)も重要でしょう。 ただ、定着させれば何でもよいわけではありません。しっかり評価をし、報酬体系を変えていく必要があります。シニアの方でも、これまで通り活躍できる方もいればそうでない方もいますから、評価にバリエーションを持たせなければなりません。マネージャーには、短期的にフィードバックを行いながら厳しく評価を決定する力量が求められます。そして活躍できる方には現役と変わらない報酬を支払うといった、人事制度の設計と運用が不可欠です。
――シニア層については、正社員に近い働き方だけでなく、負荷の低い「小さな仕事」にシフトさせることも有効なのでしょうか。
シニアに関しては、年齢を重ねる中で「働く時間を短くしたい」「負荷の低い仕事をしたい」という方が増えますから、小さな仕事へシフトさせていくことは重要です。一方で、60代後半でも「長くフルタイムで働きたい」という就業意欲の高い方も多いので、本人の意欲次第で柔軟に活用していくことが大切です。
雇用形態も必ずしも正社員にこだわる必要はないでしょう。60歳以降は単年の契約社員にするというのも、健康面や意欲の変化、パフォーマンスに応じて柔軟に報酬や働き方を変更できるため、メリットが大きい側面もあると思います。

企業は消費者の意識改革を促す努力を
――人手不足の時代においては、サービス水準の見直しや価格転嫁など、消費者側も意識を改めていく必要があると感じます。企業は顧客に対して、どのように働きかけていくべきでしょうか。
何でもかんでも安い価格でサービスを受けることは今後不可能になると思われます。このため、消費者の意識変容も必要です。そして同時に、企業経営の側からも顧客へ働きかけをしなければなりません。 例えば物流業であれば「うちは置き配が標準です」とコミュニケーションする。対企業であっても「ここまではやりますが、それ以上のサービスはできません」とある程度厳しく伝え、場合によっては契約を断る勇気も必要になってくるのではないでしょうか。運輸業界の中には、長時間拘束される長距離案件はすべて断り、短距離案件をどんどん増やして案件のポートフォリオを組み換え、従業員が働きやすい環境を整えている企業もあります。
――顧客の要望を断ることには抵抗がある企業も多いと思いますが、実際におこなっている企業は多いのでしょうか。
かなり増えています。建設業界などでも「大半の受注は断っており、本当に利益が出る案件だけに絞っている」という声が最近多いです。「とにかく何でも受けて、あとは従業員に頑張らせればいい」という過去の常識や発想は、変えていただかないとなりません。
生産性向上なくして事業は成り立たない時代
――労働供給制約社会において、人手不足を嘆くのではなく企業進化の契機に変えるために、経営者はどのような決断を下すべきでしょうか。
これからは本当に採用が難しくなりますので、いかに少数精鋭で事業をおこなっていくかを大前提に考えていただきたいです。これまでは労働市場に大量の人手があったため、人を配置してサービスを行えば事業が成り立つ簡単な状況でした。
しかし今後は賃金相場が断続的に上がり、多少の賃上げでは人が採れないという状況がますます顕在化していくと思います。抜本的に生産性を引き上げない限り、事業として成り立たなくなります。だからこそ、業務プロセスを抜本的に見直し、デジタル知識を活用しながら事業そのものを変えていく。この厳しい環境が、むしろ企業経営を強くする側面があると思います。
――最後にうかがいますが、労働生産性の向上や機械化に、日本企業はもっと振り切って良いということでしょうか。
そうです。労働市場に人が余っている状態で機械化を進めれば失業問題になります。しかし、現代の日本ではその可能性は全くありません。思い切り生産性を引き上げ、AIやデジタル技術を使って効率化に振り切って、経営を進めていってほしいと思います。
それともう一つ、経営者の方には事業の継続についてゼロから考えていただきたいと思います。今後、賃金や採用コストが上がり続けることは間違いありません。今はまだ何とかなっていても、いずれ赤字に転落したり、キャッシュフローが成り立たなくなったりするケースが確実に出てきます。
だからこそ、一定期間で事業を畳む、あるいはどこかに譲渡するというのも、企業と従業員を守るための前向きな一つの選択肢です。中長期的な視点に立ち、あらゆる可能性を排除しない経営判断をしていただきたいと思います。

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BizRize事務局
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