
公正取引委員会、経済産業省、国土交通省はこのほど、「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」を公表しました。経済安全保障環境が複雑化する中で、重要物資の供給途絶や技術移転強要など、国の自律性や不可欠性(=不可欠な存在である状態)を失うリスクに対応するため、サプライチェーン全体や同業他社の企業間連携が一層重要となっています。一方、産業界からは、これらの連携が独占禁止法(独禁法)のカルテル規制や企業結合規制に抵触することについての懸念が指摘されていました。
この事例集は、産業界からの懸念に応える形で、経済安全保障の観点から実施する行為について、独禁法上の基本的な考え方を整理した内容となっています。
第1章:経済安全保障と企業に求められるリスク対応
経済産業省が2025年5月に公表した資料「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン(再改訂)」によると、経済安全保障とは、「主権と独立を維持し、国内・外交に関する政策を自主的に決定できる国であり続けるため、我が国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を講じ確保すること」とあります。つまり、原材料の安定供給や、技術の流出防止などにより、経済の面から国を守ることであり、日本が自分で決める国であり続けるための仕組み、と言えるでしょう。
しかし、このような仕組みの維持を脅かすリスクがあることから、企業には以下のような行動が求められています。
1. 供給途絶リスクとその対応
- 特定の国や地域に依存する重要物資について、国際情勢の著しい変化などが生じた場合の外的ショックによる供給途絶のリスクがあります。
- このリスクに対応するため、重要原材料の共同調達や、競争力強化のための事業再編といった企業間連携が一層重要となっています。
2. 重要技術の流出・強要リスクとその対応
- 外圧により技術移転を強要されることで、日本は自律的に判断できなくなり、その結果、国際社会での存在感を失うリスクがあります。
- これに対処するため、海外企業からの買収提案や技術提供に関する情報交換などの連携が必要になっています。
3. 企業連携と独禁法抵触の懸念
- 経済安全保障の観点から実施する情報交換、共同行為、企業結合といった企業連携が、独禁法の不当な取引制限(カルテル等)や競争制限的な企業結合に該当するのではないかという懸念が、産業界から指摘されていました。
第2章:公取委が示す基本的な考え方
事例集とあわせて、公正取引委員会は「経済安全保障に関連した事業者の取組における独禁法上の基本的な考え方」も公表しました。この中では、特に企業が関心を寄せる情報交換と、調達途絶時の共同の取組について、独禁法上の基本的な考え方を示しています。
1. 情報交換の原則
事業者が共同の取組等を検討する際の情報交換の基本的な考え方は以下のとおりです。
- 通常問題とならない場合:
- 価格・数量といった重要な競争手段である事項に関する情報交換が行われないときは、通常、独禁法上問題とならない。
- 当該情報が共同の取組や企業結合の検討・実施に当たり合理的に必要な範囲のものであり、かつ、必要な情報遮断措置が講じられる場合には、通常、独禁法上問題とならない。
つまり、競争に直結する情報が社内外に不必要に広がらないための管理やコンプライアンス上の措置が適切になされている場合、通常は独禁法上、問題視されないとの見解が示されています。こういった適切な措置がなされない場合、公取委は、問題になるおそれがあるとしています。
- 問題となるおそれがある場合:
- 必要な情報遮断措置が講じられることなく、価格・数量等の重要な競争手段である事項に関する情報交換を通じて、将来の価格等に関する事業者間の暗黙の了解又は共通の意思が形成される場合には、独禁法上問題となるおそれがある。
2. 調達途絶に関連した情報交換・共同の取組の特例
災害や国際情勢の変化で原材料が入ってこなくなった緊急時には、安定供給を守るために企業同士が必要な情報を共有しても、独禁法違反にはならないという特例が示されています。
- 調達途絶が発生した緊急時:
- 重要原材料の著しい不足が深刻な期間に限り、行政機関が事業者等に調達数量や調達先等を指示・指導する場合や、事業者等の間で調達数量、調達先等の必要な情報に限って情報交換・共有を行い、安定調達のために必要な共同の取組を行う場合には、原則として独禁法上問題とならない。
- 重要原材料の不足が解決された後は、調整を直ちに終了する必要がある。
第3章:15の想定事例と注意点
事例集は、経済安全保障という大義名分があっても、「公正かつ自由な競争を促進する」という独禁法の原則は揺るがないことを明確に示しています。重要な点は、「通常は独禁法上問題とならない」場合の目安が示されたことで、企業が事業活動を不必要に委縮させることなく必要な連携を進められるようになった点です。
また、二つ以上の企業が株式保有や合併などによって一緒になる「企業結合」については、市場の集中度を示すHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス)などに基づくセーフハーバー基準内であれば、「一定の取引分野における競争を実質的に制限するとは通常考えられない」とされます。基準を超える場合には競争制限の可能性があるため注意が必要です。企業結合については、公正取引委員会が2025年6月、審査概要や手続の流れなどを解説したガイドブックを公表していますので、ご参照ください。


事例集に掲載されているケースと、独禁法上、問題とならないために企業が注意すべきポイントなどをまとめました。
| 事例集の番号 | 事例と経済安保上の目的 | 独禁法上の問題とならないための注意点など |
| I. 情報交換に関する事例(独禁法上のリスク:競争手段に関する情報共有) | ||
| 1 | 海外事業者から買収・提携提案があったという事実の情報交換 (技術流出/国内生産基盤の毀損防止) | 提案事実の共有は通常問題とならない。ただし、重要な競争手段(値段、数量、品質など)を含む情報交換には、情報遮断措置(クリーンチームの組成等)が求められる。 |
| 2 | 海外への流出を防ぐべき技術の範囲に関する認識合わせ (技術優位性/国際競争力維持) | 流出を防ぐべき技術の範囲についての情報交換は通常問題とならない。ただし、技術やノウハウの内容や水準を共同で取り決めると、技術制限カルテルとなるおそれがある。 |
| 3 | 海外製品に対するアンチダンピング申請の検討状況の情報交換 (国内競争力維持) | 共同申請の検討状況の情報交換は通常問題とならない。ただし、価格・数量等の具体的な計画や見通しを共有する際は、情報遮断措置が必要とされる。 |
| 4 | 市場が縮小する事業の集約化に関し、数量や操業意向についての情報交換 (技術優位性/国際競争力維持) | 情報が集約化検討に合理的に必要な範囲であり、かつ必要な情報遮断措置(クリーンチーム設置等)が講じられる場合、通常問題とならない。遮断措置がなく、生産数量等に関する事業者間の暗黙の了解が形成される場合は独禁法上の問題となるおそれがある。 |
| 5 | 市場が縮小する事業に関し、需要予測や供給予測に基づく統合・共同廃棄検討のための情報交換 (国内産業基盤の維持) | 情報が統合検討に合理的に必要な範囲であり、かつ必要な情報遮断措置が講じられる場合、通常問題とならない。遮断措置がない場合は事例4と同様の懸念がある。 |
| II. 共同行為に関する想定事例(独禁法上のリスク:市場から競争者を排除) | ||
| 6 | 緊急時または平時の重要原材料の共同調達 (安定調達確保) | 【緊急時】 調達途絶が顕在化し、不足が深刻な期間に限り、必要な情報交換や共同調達は原則問題とならない。 【平時】情報遮断措置が講じられ、共同調達への参加が強制でない場合は原則問題とならない。 |
| 7 | 供給が限られる製品の川下市場への配分 (国内サプライチェーン途絶防止) | 震災時と同程度の調達途絶が発生した緊急時において、不足が深刻な期間に限り、所管省庁等が決定した配分を行う場合は原則として問題とならない。不足解消後は直ちに当該配分を終了すること。 |
| 8 | 競争力を維持するため共同で営業、設計、調達を行うとともに、分担して製品を製造 (グローバル競争力維持/生産効率向上) | ①共同事業の内容②参加事業者の市場シェア③共同事業の態様(強制の有無)を総合的に勘案し、競争の実質的制限にならないと評価できる場合は問題とならない。 |
| III. 企業結合に関する想定事例(独禁法上のリスク:市場集中による競争制限) | ||
| 9 | 海外からの買収に対抗するための国内寡占市場における企業結合 (技術流出と国内生産基盤の毀損防止) | セーフハーバー基準に該当する場合や、同基準を僅かに上回る程度で国内企業からの競争圧力も十分に働く場合は競争に与える影響は大きくないと評価でき、通常は問題とならない。 |
| 10 | 市場が縮小する事業の統廃合 (国内産業基盤の維持) | 海外企業からの輸入圧力が十分大きいという状況や、隣接市場や需要者からの競争圧力などを総合的に勘案し、競争の実質的制限にならないと評価できる場合は問題とならない。 |
| 11 | 過剰供給市場におけるポートフォリオ調整 (国内競争力維持/生産効率向上) | 事例10と同様 |
| 12 | 事業の安定性・持続性を考慮したリサイクル事業統合による業界再編 (調達途絶下の供給継続) | 企業結合を行わなければ、当事会社は近い将来市場から退出する可能性が高く(破綻企業の考え方が適用され得る)、その場合は競争制限のおそれは小さいと評価されます。さらに、破綻に至らなくても当事会社の事業能力が弱ければ、競争に与える影響は限定的と判断されるため、同様に競争制限のおそれは小さいと考えられます。 |
| 13 | 造船・舶用工業の企業間で新会社を設立して営業、設計、調達を行うとともに、分担して製品を製造(グローバル競争力維持) | 造船業(外航船)や舶用工業は国境を越えて市場が画定されることが多く、海外に有力な競争者が存在しており競争に与える影響が大きくないと評価できる場合は、通常問題とならない。 |
| 14 | 国内で寡占的な造船・舶用工業事業者の統合・合併 (国内サプライチェーン維持) | 事例13と同様 |
| IV. その他 | ||
| 15 | 共同研究開発終了後の第三者との研究開発の制限 (技術流出防止) | 共同研究開発終了後の合理的期間に限り制限を行うことが、背信行為の防止や権利帰属の確定のために必要と認められる場合には、原則として問題とならない。 |
第4章:説明会と相談窓口
1. 担当省庁による解説セミナー開催
事例集について産業界への周知を図るため、関係省庁の担当行政官が解説するセミナーが開催されます。詳細や申込については、経済産業省の当該セミナーに関するページをご参照ください。
| 名称 | 変革の時代における競争政策セミナー |
| 日時 | 2025年12月12日(金曜日)10時00分~12時30分 |
| 開催形式 | 経済産業省本館会議室(定員50名)(東京都千代田区霞が関1-3-1)とTeamsによるオンライン配信 |
2. 安心して相談できる窓口体制
事業者が、今後自ら行おうとする具体的な行為が独禁法上の問題となるかどうかについて、公正取引委員会では相談を受け付けています。
- 事前相談制度:書面での相談に対し、原則として30日以内に書面で回答します。相談者や相談内容は原則公表されます。
- 一般相談:電話などで相談内容の説明を受け、原則として口頭で回答します。相談内容は原則非公表です。
事例集に関する相談や問い合わせについては、公正取引委員会が以下の窓口を設けています。
| 相談内容 | 担当 | 連絡先(電話) |
|---|---|---|
| 商品取引や自主基準、共同事業などに関する個別具体的な事業活動についての相談 | 相談指導室 | 03-3581-5481 |
| 株式取得、合併などの企業結合についての届出・相談 | 企業結合課 | 03-3581-3719 |
3. まとめ
経済安全保障は、企業だけでなく社会全体を支える基盤です。今回の事例集を活かしながら、法の理念を守りつつ、過度に委縮することなく、安心して事業活動を展開していくことが期待されます。不安に感じたときは、公正取引委員会の相談窓口なども活用し、正しい理解のもとで一歩を踏み出してください。
▼ BizRizeでは、無料相談を行っております! ▼
▼ 補助金情報を毎週お届け!無料メルマガ配信中です ▼

BizRize事務局
ヒト・モノ・カネに関する経営資源を、効率よく活用できるプラットフォーム「BizRize」を運営。毎週木曜に経営者向けの勉強会を開催し、補助金や資金調達に役立つ情報を無料メルマガで配信中!




