
人口減少により、人が最も重要な希少財となる労働供給制約社会。頭「数」をそろえて人海戦術で乗り切ることや、単に企業「数」を維持(延命)させることを目的とした従来のやり方は限界を迎えています。
こうした背景から国は、従業員一人ひとりの労働生産性や、企業自身の稼ぐ力といった「質」を重視する方向へと、中小企業政策を大きく転換しました。これに伴い、補助金などの支援のあり方も、単なる現状維持ではなく成長や賃上げに挑む企業を重点的に評価する仕組みへと変わります。
こうした中、中小企業庁は2026年6月、新たな政策のロードマップとなる「稼ぐ力 強化戦略」を公表しました。本記事では、この戦略の内容を分かりやすく読み解きながら、最新の実務動向も踏まえ、現状維持から脱却して本気で成長を目指す経営者が「今、具体的にどう動くべきか」、そのヒントとなるアクションを解説します。
労働供給制約社会
少子高齢化によって労働の担い手となる現役世代の割合が減少し、社会全体が必要とする労働力の需要に対して供給が追いつかず、慢性的な人手不足に陥る状態のことです。

第1章:成長的賃上げ実現へのKPI
国の諮問機関「中小企業政策審議会」の議論でも、人材確保のための防衛的賃上げを強いられ、収益を圧迫されている企業の苦しい現状が浮き彫りとなっています。
国はこうした状況に対し「現状維持は最大のリスク」と警鐘を鳴らし、自律的な成長的賃上げへと転換するための実行計画として、今回の「稼ぐ力」強化戦略をまとめました。これに関連して2026年3月、国は本気度を示すため、新たに以下の数値目標(KPI)を設定しています。
◆ 労働生産性:今後5年間で中小企業の労働生産性(従業員一人当たりの付加価値額)を15%向上させる。(→第3章・第4章・第5章へ)
◆ 価格転嫁:全く価格転嫁できなかった中小企業をゼロにする。(→第2章へ)
◆ 企業の成長:今後5年間で売上高100億円企業を現状から2000社増加させる。(→第3章・第4章へ)
◆ 成長投資:今後5年間で成長投資合計60兆円を達成する。(→第3章・第5章へ)
では、これらの目標を達成し、自社を稼げる構造へと変革していくためには、具体的にどうすればよいのでしょうか。次章からは、中小企業庁が強化戦略で挙げている主な課題と国が講じる対策、そして現状維持から脱却するために経営者が採るべきアクションをご紹介します。
第2章:価格転嫁を確実に進めるための仕組み強化
2.1 「取適法(旧下請法)」対象外の取引にもメス
法的にはフラットな関係とされる大企業同士や中小企業同士の取引であっても、実際は買い手と売り手の力関係により、価格転嫁を言い出しづらいのが実態です。これまでは主に、以下の2つの課題がありました。
◆【課題①:支払期日】「いつまでに代金を支払うか」という明確な期日のルールが設定されていない。
◆ 【課題②:価格改定】発注側の企業(買い手)が話し合いに応じずに一方的に価格を据え置いても、明確な違反に問われにくい。
【今後】そこで国は新たにルールを定め、課題①に対しては「代金の支払期日の明確な基準」を設けます。さらに課題②に対しては、「きちんと話し合いをせずに一方的に価格を据え置く行為」は独占禁止法違反になるという基準をはっきりと示し、弱い立場になりがちな企業を守る仕組みを強化します。
2.2 官公需(国や自治体の調達)の適正化
官公需とは、国や地方自治体が民間企業に対して行う物品購入やサービス・工事の発注のことです。国・地方あわせて30兆円規模の巨大な市場ですが、行政の予算は前年度に編成・可決されるという仕組み上、年度途中の急激な物価高騰などに伴う実勢価格の変化に柔軟に対応しづらいという構造的な事情がありました。
実際、中小企業庁の「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査結果」によると、民間を含む全体の価格転嫁率が54.2%であるのに対し、官公需全体では48.4%(うち市区町村では45.7%)と、やや転嫁が遅れている客観的なデータが示されています。
こうした実態を踏まえ国は、最新の実勢価格を予定価格にしっかりと反映し、期中改定を行うなどの措置について、すべての国の機関で今年度中に、地方自治体でも令和9年度末までに例外なく(100%の機関で)導入・実施することを目指し、行政自らが率先して適正な価格転嫁を進める方針を打ち出しています。
経営者が今日できる一手
自社の原価を正確に把握(見える化)し、中小企業庁が提供する「価格交渉ハンドブック」等を活用して、根拠を持った価格交渉の準備を始める。

第3章:成長志向の企業への集中支援とAI・省力化
3.1 支援の裾野拡大
国は現在、売上高100億円を目指すことを宣言した「100億宣言企業」に対し、大規模な補助金や伴走支援を集中的に投下する施策を先行して進めています。今回の戦略ではさらにその裾野を広げます。売上高10億円を目指す企業にはメインバンクの伴走を前提とした政策支援の集中投下を行い、さらに売上高1億円を目指す小規模事業者等には商工会・商工会議所等の伴走を必須とした「成長志向の経営計画(仮称)」の宣言スキームを新設するなど、それぞれの成長段階に合わせた質の高い企業育成の枠組みが新たに構築されます。
3.2 AX(AIトランスフォーメーション)の推進
強化戦略や中小企業白書は、大企業と比べトップの意思決定が早く、現場の生データ(ノウハウ)を豊富に持つ中小企業こそ、AI活用による成長のポテンシャルが大きく、大企業を一足飛びに追い抜くチャンスがあるとみています。
そこで国は、AI導入意欲のある企業やAIに精通した人材、AIサービス提供者に加え、自治体・金融機関・高等専門学校等をつなぎ、地域内で成功事例の共有や専門家のマッチングを行う実践的な人的ネットワーク(協力体制・コミュニティ)を構築する計画です。これにより、単なる業務効率化にとどまらず、社内用AIエージェントの作成を通じて、投資判断や価格戦略などの経営判断の高度化にも踏み込む、抜本的な地域ぐるみのAI導入を支援します。あわせて、国主導で支援機関の窓口自体にも経営相談用の生成AIツールを実装し、的確なアドバイスができる体制を整えます。
経営者が今日できる一手
まずは自社が目指す「次の売上の壁(1億円や10億円など)」を具体的に設定し、商工会やメインバンク等の伴走機関に相談する準備を始める。あわせて、AIに学習させる自社独自の「現場の生データ」が社内のどこにあるか、棚卸しを始めてみる。
第4章:M&A市場の健全化と、事業承継や再挑戦を支える仕組み
4.1 M&A支援資格制度の創設と法制化
事業承継やM&Aが活発化する一方で、一部の仲介業者の知識不足による質の低い支援や、高額で不明瞭な手数料の請求、さらには経営者保証を適切に外してくれない悪質な買い手への引き合わせといったトラブルが問題視されています。
そこで国は、企業が安心してM&Aを行えるよう、支援を行う「個人」の専門知識や倫理観を厳しく問う新たな国家資格を早急に創設予定です。さらに将来的には、この新たな「個人の資格制度」と、現在運用されている会社としての「M&A支援機関の登録制度」の双方を、法律に基づく厳格な制度へと格上げ(法制化)することを目指し、個人・法人の両面から悪質な業者の排除を強力に進めます。
4.2 事業承継税制(特例措置)の見直し検討
後継者が株式を引き継ぐ際の贈与税・相続税を100%猶予する特例措置は、事業承継の強力な切り札ですが、2027年末で適用期限を迎えます。
これに対し、日本商工会議所などの経済団体からは、地域に事業を残すために「特例措置の恒久化」を求める強い声が上がっています(経済財政諮問会議の資料参照)。
他方、現場からは「申請後も長期間にわたる報告義務があり、事務負担が重すぎる」「将来、雇用基準を下回ったり組織再編をしたりした場合、認定が取り消されて一括納税させられるリスクが怖い」といった、利用を躊躇する声も挙がっていました。
こうした実態を踏まえ国は、期限後のあり方について、単に延長するのではなく、制度の複雑さや申請負担を軽減する方向での見直しにも留意しつつ、事業承継をきっかけに稼ぐ力(生産性向上など)の強化に本気で取り組む企業に対する、より使い勝手の良い適切な措置へとブラッシュアップする検討を進めています。

4.3 円滑な廃業と再挑戦を支えるセーフティーネットの強化
無理な延命に頼らず、経営者が手遅れになる(過大な負債を抱え込む)前に、従業員や取引先を他社へ引き継ぎながら安全に会社をたたむための「円滑な廃業」も強力に後押しします。よろず支援拠点等での早期相談体制の整備に加え、負債の整理などが必要な場合の中小企業活性化協議会を通じた弁護士等の専門家費用の補助や、事業承継・引継ぎ関連の補助金による廃業費用の支援など、国が既に用意している各種支援制度の活用を積極的に促し、経営者が自己破産等を避けて安全に再挑戦(再チャレンジ)へ向かえるよう、より一層の支援体制が整備されます。
経営者が今日できる一手
M&Aを検討する際は、国の登録制度(今後は新資格も)を参考に、悪質業者を避けて信頼できる専門家を慎重に見極める。また、過大な負債を抱え込んで手遅れにならないよう、事業が立ち行かなくなる前に「売上や資金繰りがこの基準を下回ったら、まずは公的窓口へ早期相談に行く」という自社なりの目安(SOSラインや安全装置)を経営計画に定めておく。
第5章:賃上げ促進へ補助金の審査見直し
5.1 加点対象から審査ベースへ
これまでの補助金制度において賃上げは、計画に盛り込むことで採択が有利になる「加点項目(オプション)」として扱われるのが一般的でした。しかし、今回の強化戦略では、生産性向上を目的とする各種補助金において「足下の賃上げ状況も審査・評価する仕組みに見直す」と明確に打ち出されました。これは、賃上げが単なるプラス評価にとどまらず、採択の前提(審査基準)として厳しく問われることを意味しています。
5.2 プッシュ型支援へ転換
実質賃金プラスの定着に向け、成長につながる積極的な賃上げを行う中小企業を後押しするため、賃上げ促進税制の抜本的な見直しが検討されます。さらに国は、こうした税制や補助金が確実に現場の中小企業に使われるよう、これまでの「相談待ち」の姿勢を改める方針を打ち出しました。今後は、商工会や銀行などの支援機関が経営計画の相談(伴走支援)にのる中で、「御社ならこの税制や補助金が使えますよ」と直接提案していくプッシュ型の支援へと、強力な転換が図られる見込みです。
5.3 専門機関をフル活用して稼げる構造へ
今回の強化戦略において国は、現状維持にとどまる企業ではなく、変化に挑み、稼ぐ力を高める(質の高い)企業を徹底的に支援する姿勢を鮮明にしたと言えます。経営の変革は一朝一夕にはいきません。第5章で触れたプッシュ型支援や伴走支援を受けるための具体的な窓口として、まずは2026年4月に全国47都道府県の「よろず支援拠点」内に新設された「生産性向上支援センター」などを活用してみてはいかがでしょうか。専門家が無料で現場を訪問し、業務の見える化や省力化・AI導入の具体的な一歩を直接アドバイスしてくれます。こうした身近な専門機関をパートナーとし、形を変えつつある各種補助金などの支援制度をフル活用して、自社を稼げる構造へとアップデートしていきましょう。
経営者が今日できる一手
今後の設備投資計画と併せて、会社全体としての賃上げ計画(原資の確保見込み)を具体的にシミュレーションし、商工会や銀行、あるいは「よろず支援拠点(生産性向上支援センター)」など、自社に有益な制度をプッシュしてくれる専門機関へ早めに相談に行く。
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