
観光・文化・教育の連携が生む
地域ビジネスの機会
令和8年度の予算概算要求において、観光庁は、インバウンド(訪日外国人旅行)の地方誘客と、観光産業の稼ぐ力を強化するため、DX、省人化およびユニバーサルな受け入れ環境整備に集中的に投資する方針を明確に示しています。一方、文部科学省は、教育インフラのDXと施設の老朽化対策を大きな柱とし、未来の労働力となる人材育成や文化資本(金銭以外の文化的資産)の活用に重点を置いた予算を要求しています。
これらの施策は、単に旅行者数や教育環境を改善するだけでなく、滞在を長期化させ、地方での消費を拡大させる高付加価値化に焦点を当てています。これは、宿泊業、飲食業に加え、IT、建設、地域交通、コンテンツ制作、文化財関連ビジネスといった幅広い中小企業の皆さまにとって、新たな市場を開拓する具体的な好機となりえます。
この記事では、両省庁の概算要求の中から、中小企業の新規参入や事業拡大につながりそうな支援事業や補助金・助成金をご紹介するとともに、未来のビジネスチャンスとなる市場についても考察したいと思います。
※本記事で使用している図表は、国土交通省のウェブサイト「令和8年度国土交通省予算概算要求概要」に掲載されている観光庁の資料、および文部科学省のウェブサイト「令和8年度文部科学省 概算要求等の発表資料一覧」に掲載されている資料から引用しています。
第1章:観光庁概算要求が示す政策の全体像と市場
国際観光旅客税や復興予算を除いた、 観光庁の中核的な施策の要求額は、対前年度比1.20倍の106億9,400万円(前年度予算額89億3,000万円)です。これに加え、国際観光旅客税を活用した「より高次元な観光施策の展開」に700億円が要求されています(前年度予算額441億円)。
※以下の事業名に付記しているカッコ()内の金額は、令和8年度の概算要求額です。事項要求は、概算要求の段階では金額や内容の詳細が確定しておらず、予算編成過程において改めて検討・調整されることになっている重要な経費です。制度の創設や大規模な体制強化など、国が将来的に注力する可能性が高い重要政策に付記されることが多いです。
羅針盤1:観光産業の「稼ぐ力」強化とDX市場
宿泊業を中心とした観光産業の人材不足という喫緊の課題に対し、DXや機械化をテコにした生産性向上と、国際的なビジネス基盤の整備に重点的に投資されます。
観光地・観光産業における人材不足対策事業(300百万円)
対前年度比6.00倍の大幅増額です。補助事業(間接補助)として、自動チェックイン機、配膳・清掃ロボット、チャットボット、予約等管理システム(PMS)などの設備投資を支援します(上限1,000万円、補助率1/2)。外国人材の確保・定着に向けたジョブフェア等のPR活動やマッチングイベントの実施も後押しします。
外国人向け消費税免税制度の「リファンド方式」移行支援事業等(100百万円)
対前年度比6.25倍の増額です。制度改正に伴う空海港の混乱を防ぐため、課題を収集・分析し、旅行者に対する効果的な注意喚起の方法を検討・周知します。また、免税に係る面的な取組を支援します。
外国人旅行者向け免税制度の見直し
これまでは、外国人旅行者が店舗で免税対象品を購入する際、その場で消費税を免除する「即時免税方式」が採用されていました。しかし、この方式では購入品が国内で転売・横流しされるなどの不正が発生しやすく、店舗や税務当局にとっても管理負担が大きいという課題がありました。
こうした課題に対応するため、令和8年11月1日からは、一旦課税価格で販売し、出国時に消費税相当額を返金する「リファンド方式」へと制度が見直されます。これにより、免税品の適正な持ち出しを確認したうえで返金が行われるため、不正防止と制度運用の透明性向上が期待されています。

通訳ガイド制度の充実・強化(81百万円)
通訳案内士の利用促進や質の向上(研修プログラムの構築等)を推進するほか、旅行会社等と通訳案内士とのマッチングサービス(通訳案内士登録情報検索サービス)の運営を行います。
羅針盤から読み解くビジネスへのヒント
- 宿泊業向けDX、自動化ソリューション市場:人材不足対策事業は、ロボットやPMSなど業務効率化設備の導入に対し、直接的に補助金を提供するため、この分野のIT、設備企業にとって、極めて具体的で獲得しやすい需要となるでしょう。
- IT、決済システムコンサルティング市場:リファンド方式移行支援は、新制度対応や免税に係る面的な取組を支援するITサービスやコンサルティングの需要につながる可能性があります。
羅針盤2:地方誘客とユニバーサルな環境整備市場
三大都市圏に集中しがちなインバウンドの地方誘客を促し、オーバーツーリズム対策やユニバーサルツーリズムをテコに、地方の観光インフラの質を向上させる市場です。
ユニバーサルツーリズムの促進に向けた環境整備(400百万円)
年齢や障がい等の有無にかかわらず、すべての人が安心して楽しめる旅行を推進するための事業で、対前年度比13.33倍の増額です。間接補助事業として、観光施設や宿泊施設のバリアフリー化に必要な施設整備や設備導入などを支援し、高齢者らの旅行需要を喚起します(補助率1/2、上限1,500万円)。
地域一体となった持続可能な観光地経営推進事業(910百万円)
補助事業として、オーバーツーリズム(特定の観光地に観光客が過度に集中し、地域住民の生活や自然環境などへ悪影響を及ぼす現象)の未然防止・抑制や、観光の足確保に向けた交通サービスの受入環境整備などを支援します(補助率1/2、1/3等)。また、データに基づく観光ビジョンや計画の見直し、具体化を進めます。
地方部での滞在促進のための地域周遊観光促進事業(545百万円)
直接補助事業として、地域独自の観光資源を活用した滞在コンテンツ(訪日外国人が日本滞在中に体験・消費する観光や文化、サービス)の企画開発や、周遊環境整備(情報提供や案内システムの整備)などを支援します(補助率1/2等)。

ブルーツーリズム推進支援事業(166百万円)
ALPS処理水の海洋放出による風評への対策として、岩手県、宮城県、福島県及び茨城県の市町村、観光協会および登録DMOを補助対象に、海の魅力を高めるブルーツーリズムを推進するため、海水浴場等におけるバリアフリー設備の導入・整備や、体験コンテンツの造成・磨き上げ、プロモーションの実施などを支援します(直接補助事業、補助率8/10等)。
登録DMO
「観光地域づくり法人の登録制度に関するガイドライン」に規定する登録要件を満たし、観光庁が登録した法人のこと。自治体と連携して観光地域づくりを担っており、広域連携 DMO、都道府県 DMO、地域 DMOの区分があります。

新たな交流市場・観光資源の創出事業(326百万円)
調査事業等として、「第2のふるさとづくり」(個人版・企業版)を促進し、地域との継続的な関わりを持つ関係人口を創出する仕組みの構築を支援します。
第2のふるさとづくり
国内観光の新しい需要を掘り起こし、地域経済の活性化につなげるため「何度も地域に通う旅、帰る旅」という旅のスタイルを普及・定着させることを目指して観光庁が進めているプロジェクトです。
羅針盤から読み解くビジネスへのヒント
- 建設・設備・福祉用具市場:ユニバーサルツーリズム促進とブルーツーリズム推進支援は、地域の建設・設備業者に対し、宿泊施設や観光地のバリアフリー改修工事や福祉設備の納入といった需要を提供するでしょう。
- 地域ブランド、コンテンツ市場:地域周遊観光促進事業や新たな交流市場・観光資源の創出事業を通じ、高付加価値な体験コンテンツの企画・開発、地域資源を活用したプロモーションを支援します。地域素材のブランディングや企画を行う中小企業にとって事業機会となり得ます。
第2章:文部科学省概算要求が示す政策の全体像と市場
文部科学省の令和8年度の一般会計要求額は6兆599億円で、対前年度比10.0%増という積極的な要求となっています(前年度予算額5兆5,094億円)。重点は「質の高い公教育の再生」「科学の再興」に置かれています。
羅針盤3:学校や文化施設の老朽化対策と環境対応市場
老朽化がピークを迎える学校施設や文化財について、安全確保と同時に、脱炭素化や機能向上を一体的に進める大規模な整備需要が創出されます。
- 公立学校施設の整備(2,066億円+事項要求)
- 脱炭素化の推進として、学校施設のZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)化や木材利用の促進を推進します。
- 単価改定:物価変動の反映等により、公立小中学校校舎の整備単価は対前年度比+16.6%増で要求されています。
- 私立学校施設・設備の整備の推進(351億円+事項要求)
- 安全・安心な教育環境の実現(123億円):建物の骨組みとなる構造体(柱や梁など)の耐震対策に加え、地震時に落下・破損しやすい非構造部材(天井や照明、窓ガラスなど)の耐震対策、避難所機能の強化等の防災機能強化を重点支援します。
- 持続可能な教育環境の実現(76億円):空調設備の整備(熱中症対策)や、省エネルギー化(照明設備のLED化、空調設備の高効率化)を推進します。
- 継承の危機に瀕する文化財の修理・整備・活用及び防災対策等(359億2,500万円)
- 国宝・重要文化財建造物保存修理強化対策事業(124億5,300万円):国宝・重要文化財の修理・整備の緊急強化、防火対策、耐震対策を推進します。
- 文化財保存技術の伝承等(6億1,100万円):「文化財の匠プロジェクト」を推進し、保存技術の伝承を図ります。
羅針盤から読み解くビジネスへのヒント
- 建設、建築資材市場:公立・私立学校施設の整備は、建設業者にとって巨大な市場であり、特にZEB化、太陽光発電などのGX技術や、木造化技術を提供する企業に大きな商機があると考えられます。
- 文化財修繕、防災設備市場:歴史的建造物の修理や耐震補強工事、防災設備(防火対策)の提供を行う専門性の高い建設業者や設備業者にとって、安定した公的需要を生み出すでしょう。
羅針盤4:教育現場のデジタルインフラとサービス加速市場
GIGAスクール構想(児童・生徒1人に1台の端末)で整備された端末を最大限に活かすため、ネットワークやシステムといったデジタル基盤(ハード面)の整備と、クラウド化を伴走支援する専門サービス(ソフト面)の両輪に予算が投じられます。
- GIGAスクール構想支援体制整備事業(37億円)
- 次世代校務DX環境の整備支援:クラウドベースの校務支援システムへの移行に係る初期費用(校務系・学習系ネットワークの統合費用やシステムのクラウド化費用等)を支援します(補助割合1/3)。これは、校務DXのデジタル基盤となるインフラ構築に重きを置いた支援です。

- 校務DX等加速化事業(3億円、新規)
- 次世代型校務支援システム調達支援:教育委員会が次世代型システムを整備するに当たり、相談窓口の設置や、仕様書作成等を支援する専門人材の派遣を行います。これは、システム導入や移行を円滑に進めるための伴走型コンサルティング・サービスの提供に重きを置いた支援です。
- 1人1台端末の着実な更新(120億円+事項要求)
- 公立学校の端末更新を支援する基金造成経費に108億円+事項要求を計上します(補助基準額:5.5万円/台、予備機15%以内、補助率2/3)。
- 外国人児童生徒等への教育等の充実(21億5,300万円)
- 日本語指導を含むきめ細かな支援の充実(19億1,100万円):公立学校におけるオンライン指導や多言語翻訳システム等のICTを活用した支援体制の整備を支援します。
羅針盤から読み解くビジネスへのヒント
- 教育IT、システム開発市場:GIGAスクール構想支援体制整備事業は、クラウド移行やネットワーク統合など、デジタルインフラ整備の需要を生み出すでしょう。一方、校務DX等加速化事業は、システムコンサルティングや専門人材派遣といったサービス提供に特化したIT企業やコンサルタントの市場を拡大させると考えられます。
- 端末、機器供給市場:1人1台端末の更新は、端末メーカーや販売業者の需要につながるでしょう。
- 多言語ソリューション市場:外国人児童や生徒たちへの教育の充実は、学校教育に特化した多言語翻訳システムといったITサービスの商機につながると考えられます。
羅針盤5:地域交流と人財育成・活用市場
未来の地域社会の担い手を育み、地域活動への参画を促す施策群です。
- 部活動の地域展開等の全国的な実施(44億円+事項要求)
- 中学校における部活動指導員の配置支援(20億円):中学校に部活動指導員を17,680人配置するための経費を補助します。
- 部活動の地域展開・地域クラブ活動推進事業(21億円+事項要求):地方公共団体に対して、中学校の部活動の地域展開や地域クラブ活動の推進に要する経費を補助するとともに、地域間における体験格差をなくし、子供たちの安全・安心な活動や質の高い指導を実現するため、地方公共団体への伴走支援を実施します。

- 創造活動・クリエイター等育成及び海外展開の加速による国際プレゼンスの強化(255億6,700万円)
- クリエイター等育成支援(80億7,100万円):中核的専門人材として活躍が期待されるクリエイター等の育成と戦略的な海外発信を強化します。
- 地域と学校の連携・協働体制構築事業(77億円)
- コミュニティ・スクールや地域学校協働活動(地域住民や民間企業、団体などが連携して子供たちの学びや成長を支えあい、行う活動)を推進し、放課後の学習支援(地域未来塾)や体験活動などを支援します。
羅針盤から読み解くビジネスへのヒント
- 地域スポーツ指導、運営市場:部活動の地域展開は、スポーツ指導員やクラブ運営を行うNPO、地域スポーツクラブ、民間フィットネス企業に、公的な補助を伴う新たな指導・運営の委託需要を生み出す市場となるでしょう。
- コンテンツ、クリエイター市場:クリエイター育成支援は、映像制作、アニメ、メディア芸術分野の中小制作会社やクリエイターが、資金援助を受けながら国際市場に挑戦する好機になると見込まれます。
- 地域連携サービス市場:地域と学校の連携・協働体制構築事業は、学習塾や地域人材派遣サービスが、学校と連携して放課後の学習や体験活動を担う機会へつながると考えられます。
まとめ:「羅針盤」は未来の設計図
観光庁と文部科学省の令和8年度概算要求は、単なるインバウンド回復のための予算ではなく、日本の文化資本を経済成長のエンジンへと転換させ、未来の人と技術に投資するための設計図と言えそうです。
さて、令和8年度概算要求を読み解くシリーズは、今回が最終回です。シリーズ全体を通して見えてきたのは、構造転換と未来投資という二つの明確な国家戦略です。農林水産省のスマート農業へのDX投資、総務省の自治体システム標準化、そして今回の観光や教育インフラの質的向上とDX化は、この大きな流れの中に位置づけられます。中でも観光庁と文部科学省の予算が指し示すのは、質の高い交流によって生まれる市場ではないでしょうか。
- 「人への投資」市場:学校施設のZEB化やDX、文化財の改修は、未来の担い手の学習環境改善(人への投資)と、文化資産の保護という目的のもとで実行されます。これにより、建設・IT企業に対し、安定的な公共事業の機会を提供するでしょう。
- 「地域交流」市場:部活動の地域移行や第2のふるさとづくりは、地域に根差したサービス業に新たな収益の柱をもたらす可能性があります。
各国が競争力を高める中で、日本の予算は次世代の競争力を支える基盤への投入にシフトしています。概算要求シリーズでご紹介した「羅針盤」が示す未来のビジネス設計図を手に、自社の技術やサービスが、どの市場で、どのような経済価値を生み出せるのか、具体的な計画に落とし込んで検討していただければと思います。
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